鈴木健次郎プロフィール!妻もパリでテーラー!スーツの評価は?

鈴木健次郎 画像

 

鈴木健次郎さんが
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に出演します。

 

彼は、パリでテーラーの店を構える凄腕職人です。

 

そんな鈴木さんが世界で知名度を上げるまでの
下積み時代からのプロフィール、奥様の事、現在の評価など

調べてまとめてみました。

 

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鈴木健次郎(すずきけんじろう)
東京都の出身で1976年9月生まれ。現在37歳。

母は東京都の三鷹で、お好み焼き屋をしています。

 

まず鈴木さんのスタートから。

日本で紳士服の専門学校に入学した所になります。
そして卒業後は、日本の既製服の会社で就職します。

ここまでは一般の方と同じ道で進んだようです。

 

ここからが違うのですが
鈴木さんは日本で駆け出しの時に
東京コレクションなどにも参加されていたとの事。

 

デザイナーと組んでモデリスト
(ファッションデザインからイメージに合った実物の原型を作る専門家。
デザイナーのイメージを形にする専門家)

の経験を積みます。

東京コレクション 画像

 

 

 

 

 

そこで海外在住者から「パリは特別な街だ」と聞かされ
技術力が世界一で美しい服を作るフランスへ渡仏します。
2003年の事です。

夢を実現する人は行動力が違いますよね。

フランス 画像

 

 

 

 

 

 

 

そしてまず
フランスのパリにあるモデリスト養成学校(A.I.C.P)に入学し
主席で卒業します。

パリでテーラーを夢見る生徒が沢山いる中で
一番の成績で卒業したのです。

A.I.C.P 画像

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時期と同時にARNYSと言う会社で
カッティング技術から仕上げ技術までを学んで行きます。

毎日、テーラーになるために全ての時間を使っていたようです。
2004年の事。

 

2005年には
フランス政府認定のモデリスト国家資格を取得
CAMPS DE LUCA(カンプス ドゥ ルカ)へ入社します。

カンプス ドゥ ルカ 画像

 

 

 

 

 

 

縫いの職人として働くことになりますが
働いても型紙に触らせてもらえなく 「話が違う」 と社内で抗議します。

そこで言われた一言で、鈴木さんが挫折しかねます。

 

「日本人がカッターになれば、フランスの顧客がいなくなる。諦めろ」と。

 

そこで自信の夢のため
この会社にいても時間の無駄と判断したのでしょう。退職します。

 

そこから約2年間が地獄のような生活だったそうです。

パリのテーラーを回って
自信の技術をアピールする毎日でしたが、どこも門前払い。

この時は、努力や技術力では解決できない
「肌の色の問題が大きかった」と言っています。

人種差別 画像

 

 

 

 

 

 

 

帰国するかが頭をよぎる中
最初に通ったモデリスト養成学校の校長に相します。

すると校長は
「日本人だからってカッターになれないのはおかしい」と激怒し

学校を主席で卒業した
努力と技術力がある鈴木さんの事を、いつも気にかけてくれていた事もあり

校長が世界一のテーラーとも言われる
FRANCESCO SMALTO(フランチェスコ・スマルト)のオーナーに対し
電話で

「鈴木さんの事を雇ってくれ」

と、8ヶ月もの期間頼み続けてくれたそうです。

携帯電話 画像

 

 

 

 

 

 

そのかいあって、フランチェスコ・スマルトへ入社します。
2007年の事。

この会社ですが
フランス一の顧客数・生産着数・クオリティーを誇ります。

ルイ・ヴィトンやディオールなどが並ぶパリのブランド街にあり
職人は高度な技術を持つ者が、35人程度働いています。

フランチェスコ・スマルト 画像

 

 

 

 

 

凄い会社なのか判断しやすいのが顧客です。

諸外国の国王や大統領、世界の政治家やスポーツ選手などで
スーツに対して妥協がなく、こだわりを多く持つ
世界のVIPの方々になります。

VIP 画像

 

 

 

 

 

 

その会社で鈴木さんはチーフカッターと言う
職人の中でのトップになるのですが、それまでの期間も努力をし続けます

 

まず、入社した当時に
チーフカッターで働いていた方が耳が不自由なため、意思疎通が出来なく
鈴木さんがしたことは

手話を勉強し覚えます。

手話 画像

 

 

 

 

 

 

 

 

少しずつ努力と熱意を感じてもらい
オーナーのフランチェスコ・スマルト本人と
右腕で45年カッターを務める職人から、カッティングの全てを受け継ぎました。

そしてチーフカッターに就任します。

裁断 画像

 

 

 

 

 

 

 

 

お客様からスーツの依頼があって完成するまで
35人の職人で、2ヶ月以上の期間をかけ完成させていくのですが
その全ての工程をチェックするのが鈴木さん仕事です。

全ての工程を熟知していて
且つ技術力が高い人にしか出来ない仕事。

 

職人の中で、一番出来る職人。と言うことです。
凄いですよね。
本場パリの有名テーラーでのトップ職人ですから。

日本人の勤勉で努力家な所を、世界でも通用させてくれました。

まさに努力で勝ち取った技術と知識と立場です。

 

そんな鈴木さんですが
以前からの夢は、自分のテーラーを持つことです。

退社する事を決断し退職願を出します。
2011年9月、35歳の誕生日の事です。

誕生日 ケーキ 画像

 

 

 

 

 

それからは
自信の成長を大きく伸ばしてくれたこの会社の為に
後継者には細かく教え、全ての技術を教えこんだようです。

これはとても珍しい事で
通常の引き継ぎ作業はあっさりしていて
「見て自信で勉強して覚えろ」が当たり前なのですが、細かく教えたそうです。

 

理由は、職人が少なくなる中
オーナーのスマルトの技術をしっかり継承してあげないと
高い技術の職人がいなくなり、顧客を満足するテーラーが無くなってしまう危機感。

その他には
育ててくれた恩返しを込めて行ったそうです。

2011年9月から2012年3月までの半年間の間
しっかり継承して退職する運びとなりました。

 

さー、これからが鈴木さんの本番の戦いが始まります。

自信のテーラーをオープンしました。
今年の2013年です。

お店の名前は
「KENJIRO SUZUKI SUR MUSURE PARIS」と言います。

鈴木健次郎 店 画像

 

 

鈴木健次郎 店 画像

 

 

 

 

 

 

鈴木さんのブログを拝見すると

「生地棚が完成した。少しづつ出来上がるのが楽しみ」
など、自分の夢が現実となり形になっていく嬉しさが沢山表現されています。

その他には
・作り手の感情レベルでは作らない。美や顧客が満足してもらう物を追求し作る。
・独立してからも、体と服の間に空気の層を入れることを常に心がけている。
・スマルトから教わった技術で、高い技術力がないと出来ない技を今後も提供する。
・何を美しいと思うか、何に魅力を感じるのかというのは自分が見つけていくもの。

などなど。

鈴木さんの思考も見れとても充実しているブログです。

鈴木健次郎 ブログ 画像

 

 

 

 

そんな鈴木さんがオーナーである店の取材が
2013年9月2日のブログにて紹介されています。

好きでいつも見ていた番組の「プロフェッショナル仕事の流儀」の撮影が
今日から始まりました。
10月末までの約2ヶ月間、密着取材です。

との報告がありました。

放映されると
鈴木さんのこだわりが沢山見れるのでしょうね。楽みです。

 

奥様の事を少し情報として記載しておきます。

名前は、鈴木美希子さんと言います。
1978年の生まれになり、福井県出身の方です。

渡仏する前に日本で結婚し、夫婦でフランスに行きます。

 

鈴木さんと同様に
ARNYSで仕立ての技術などを習得し
2005年から2012年の7年間 「Camps de Luca」 で職人として働きます。

カンプス ドゥ ルカ 画像

 

 

 

 

 

その後退職し
鈴木さんの店の設立に携わり、2人で店を構えます。

 

力強いですよね。

2人とも技術があり
長年務めた会社は別々で、良い所を情報交換し習得が出来る。

今後も、お客さんの要望で迷った時は
互いに良きアドバイスが出来る。

そんな関係なのではないのでしょうか?

 

鈴木さんたちの店には
評判を聞きつけたお客様が絶えないようです。

当然、技術が高いのはパリでは知られていますから
VIPの方からの注文もたくさんあるとの事です。

 

鈴木さんがつくり上げるスーツの事は
「モダンダンディー」と呼ばれ、一度頼んだお客様は離れないと言います。

 

一着のお値段は
50万円から数百万円と言います。

スーツ 画像

スーツ 画像スーツ 画像

 

 

 

 

 

 

 

ダンディーなイカしたオヤジになるためには
1度で良いので袖を通してみたいですね。

今後も世界で活躍する鈴木さんには注目です。

 

鈴木健次郎 画像

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